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2009年×月×日、日が変わって数時間後、飛行機は私たち夫婦を2度目のムンバイ国際空港へおろした。去年ここに来たときも工事中だったが、その工事は幾ばくか進展し、免税店などもかたちになってきていた。深夜にも関わらず、人の数は多い。荷物を受け取ったらすぐに国内線のターミナルへ連絡バスで向かった。殆ど何もない出発ロビーで時間をつぶすのも、2度目なので戸惑いはない。はやる気持ちを抑えようと思うが、全く落ち着かない。大きめのスーツケースの中には、自分たちのものは抑えられるだけ抑え、紙おむつを詰めるだけ詰めていた。送られて来た我が子の写真を幾度となく眺めてはしまう。そんなことを繰り返し、白々と夜があけるのを待った。
午前5時、国内線の出発ゲートに入った。大方はビジネス客とおぼしきインド人の旅行客に混じると、私たち日本人の夫婦はよく目立った。旅慣れた人の中にいるので、好奇の視線を感じることはなかったが、コーヒーを飲んでも、無料で配られている英字新聞に目を通しても、何をしても出発までの数時間を、落ち着いて過ごすことはできなかった。漸く待ちわびた我が子に会える。その喜びと、期待と、不安を、この雑沓の中で解消することは無理だった。
午前6時過ぎ、やっと国内線の飛行機に乗り込んだ。機内食を食べる間もなく、1時間ほどでヴァドーダラ空港に到着。予約しておいたタクシーに乗り込み、約1時間。初めて見た時には驚きの連続で、カメラのシャッターをずっと切っていたアーナンへの道のりも、ただ過ぎ行く見慣れた景色になった。
ここは、今や、我が子のふるさとになったのだ。
8時半、病院に到着した。懐かしい代理母は、私たちの小さな我が子の世話をしていた。
言葉は必要なかった。黙って差し出されたその我が子を、私たちは心からいとおしく、そっと抱きしめた。そして、私たちのためにこの子を産んでくれた代理母と抱擁して、“Thank you”という単純な言葉だけで感謝を表した。それ以外の言葉は浮かばなかったし、言う必要もなかった。
そこで代理母は、初めてほっとした表情を見せた。そして、彼女の夫が、その傍らで
優しく微笑んでいた。
一児の親であるこの代理母夫妻は、先輩として、身振り手振りで私たちに赤ちゃんのあやしかた、世話の仕方、おむつの換え方を教えてくれた。笑顔しかそこには無かった。
私たちと代理母夫妻、2組の父と母が、この新しい命の誕生を心から喜んでいた。
(つづく)